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神戸地方裁判所 昭和31年(行)23号 判決

原告 岡尾国広

被告 兵庫県警察本部長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三〇年一二月一七日付でなした原告に対する依願免官処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は兵庫県巡査部長として尼崎北警察署に勤務中、昭和三〇年一月三〇日被告より生野警察署へ転勤を命ぜられたが、右転勤処分は兵庫県警察本部監察官等の恣意的報告に基く被告の勝手な処分であるので原告は同年四月三日兵庫県人事委員会に勤務条件の措置に関する要求申立をなし、更に同年六月九日付及び同年七月二〇日付で神戸弁護士会宛に右転勤処置は原告の人権侵犯である旨の申立をした。

二、一方、被告は原告を退職せしめる目的で原告の私行について特別監査をしていたが、昭和三〇年一二月九日右人事委員会の判定があつた後間もなく、同月一四日及び同月一七日の二回に亘り、兵庫県警察本部に原告を招致し、監察官数名が原告に対し懲戒免職に付するに足ると思料される様虚構に作成した資料を読み上げて詰問し、反問する原告に強権的威圧を加えて釈明せしめず懲戒処分による免職は必至なる旨及び懲戒委員会のやり口なるものを具象的に説明して原告を畏怖の状態に陥入れた上用紙用具を眼前において「懲戒免職か退職かか」と即答を迫つた。そこで原告は止むなく即日被告宛退職願を出した。

三、被告は右退職願に基ずいて昭和三〇年一二月一七日付で原告の依願免官の発令をした。

四、以上のとおり、被告は原告に対し、生野署への転勤処分、退職せしめることを目的とする原告の私行公務にわたる調査行為等により不断に威圧を加え、更に昭和三〇年一二月一四日及び同月一七日本部において前記の如き強迫により退職願を作成提出せしめたのであるから右退職願は無効のものであり、これを前提とする本件免官処分は当然無効のものである。

かりに右退職願が当然無効のものでないとしても、退職願の意思表示は免官処分後においても強迫を事由により取消し得るものと解すべきところ、原告は被告宛に昭和三一年六月一四日付書面により右退職願の意思表示を強迫を事由に取消す旨通知し、該書面は翌日被告に到達した。従つて右退職願の効力は取消により消滅した結果本件免官処分も当然無効である

と述べ、被告の抗弁に対し、原告が被告主張の退職金及び恩給証書を受領したことは認めるが、右受領はいずれも一応の受領であつて免官を承認したものではない。原告が右恩給証書の交付を請求したのは昭和三〇年八月八日法律第一四三号恩給法付則第一一項の解釈上原告において昭和三三年六月三〇日までに恩給請求をしないときは四〇才以降の請求権を失うと思料したためであると述べた。(立証省略)

被告訴訟人代理人は、本案前の抗弁として、本件訴は次の理由により不適法であるから却下すべきである、すなわち(一)本来、公共団体の主体でなく当該行政処分をなしたにすぎない行政庁たる被告は特に行政事件訴訟特例法第二条に定める行政処分の取消又は変更を求める訴訟でなければ被告たり得ないことは同法第三条の解釈により明らかであるから行政処分の無効確認を求める本訴は被告として適格を有しない者を相手方としたもので不適法である(二)原告は昭和三一年二月二五日兵庫県知事より退職金を受領し、且原告の退職金は四二四、六〇〇円であるのに過つて金七七六、四〇〇円が交付され、その過払金の返還の請求を受けたのにかかわらず、原告はこれを返還しないし、原告は本訴提起後昭和三三年一月二六日恩給請求の手続をなし、同年四月一六日頃恩給証書を受領したから原告はこれにより本件免官処分を承認しているものであり、従つて本訴は確認の利益を欠く不適法な訴であると述べ、本案について、主文と同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、原告が兵庫県巡査部長として尼崎北警察署に勤務中被告より生野警察署へ転勤を命ぜられたこと、人事委員会に勤務条件の措置に関する要求申立をしたこと、神戸弁護士会宛に人権侵犯の申立をしたこと、原告がその主張の日時退職願を提出したこと、被告が右願により同日付で依願免官の発令をしたこと、原告がその主張の日付で右退職願取消の書面を送付したことは認めるがその余の事実は否認する。

かりに原告主張の強迫事実が認められるとしてもかかる強迫の事実は意思表示の取消事由にすぎず無効原因とはいえないと述べた。(立証省略)

理由

まず、被告の本案前の抗弁について判断する。行政処分の無効確認を求める訴は処分行政庁を被告として提起することができると解する(最高裁判所昭和二九年一月二二日判決参照)から被告の(一)の主張は理由なく、次に原告が退職金及び恩給証書を受領したことにより免官処分を承認したことになるかどうかは本案において審理判断されるべき事項であるから(二)の主張も理由がない。

そこで本案について判断する。

原告が兵庫県巡査部長として在職し、尼崎北警察署に勤務中、被告より生野警察署に転勤を命ぜられたこと、原告が昭和三〇年一二月一七日、被告宛に退職願を提出し被告は同日付で原告の依願免官の発令をしたところ、原告が昭和三一年六月一四日付で右退職願の取消の書面を被告宛に送付したことは当事者間に争がない。

原告は、本件退職願は強迫によりなされたもので無効であると主張するので判断する。強迫による意思表示が無効となるには、意思表示が強迫により意思決定の自由が抑圧された状態においてなされたものでなければならないと解するところ、原告主張の事実だけでは原告の退職願がかかる状態の下においてなされたものということができず、他に右無効を認めるに足りる事実の主張立証がないから右主張は理由がない。

次に原告は退職願の意思表示は免官処分後においても強迫を事由に取消し得るところ、原告は昭和三一年六月一四日付書面で右退職願を取消したから右退職願の効力は消滅したと主張するので判断する。公務員の退職願に基いて依願免官の発令があつた後においては強迫を事由に右退職願を取消すことはできないと解するところ、前記のように本件免官の発令は昭和三〇年一二月一七日付でなされ(右辞令は特別の事情のない本件においては当時その効力を生じたものと認める)、原告の右退職願の取消の意思表示は同三一年六月一四日付書面でなされたものであるから、その取消は効力なく、従つて本件免官処分の効力に何等影響を及ぼさないというべきであり、原告の右主張も理由がない。

よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜夫 西川太郎 小河基夫)

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